イベント
2015.10.18
新潟シティマラソン「初めて自分自身にかけた言葉」
新潟に帰ってきて、RUNBAKAと出会い、走り始めて1年ちょっと。
新潟県最大のマラソンレース『新潟シティマラソン』42.195kmのフルマラソンに初挑戦してきました。
参加人数は、13,000人を超えた新潟県最大のマラソンレース。
今回、このレースに出場を決めた理由は、もちろんフルマラソンを走ってみたいという思いがありましたし、専用の託児所を設け、こどもをレース中に預けることができて、家族が参加できるという点も、参加を決めた理由の1つです。
「夫婦で参加したいけど、レース中、こどもはどうしよう…」という方にはオススメです!
というわけで、ちょっとした家族旅行感覚で、2泊3日で新潟市への旅は始まりました。
新潟シティマラソン2015 前日受付
新潟シティマラソンの受付はレースの前日と前々日の2日間。
前日に新潟市に入り、新潟市体育館でスムーズに受付を完了。
その後、受付会場をフラフラしていると、ふと目にとまったブースが。
何やらランニング雑誌みたいだったので、ちょっと時間があったので、立ち読み。
「なにーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
新潟ランニングノート2016
RUNBAKAが出とるっ!!
しかも最終ページに!!
新潟で開催されるレースやランニングチームを紹介している「新潟ランニングノート2016」という10月17日(土)発売のランニング冊子の先行販売でした。
なんか気分いいし、幸先がいいぜ。
その後、東京にいた頃から大好きな「餃子の王将」で明日のエネルギーをしっかり蓄え、RUNBAKAクルーの1人・プロスノーボーダー関 貴英がちょうど、ムラサキスポーツの大展示即売会で新潟市にいるという情報をキャッチし、遊びに行ったり、やすらぎ堤で安らいだり、新潟市内をショッピング。
とてもリラックスした1日が過ごせました。
新潟シティマラソン2015.10.11
レース当日はやや小雨が降り、肌寒いくらいでしたが、走るランナーにとって、ちょうどいいコンディション。
宿泊先のホテルからスタート会場の新潟市陸上競技場までは、新潟駅南口から専用の無料シャトルバスで移動。
そのバスを待つ長蛇列がスゴかった。だから会場に着いたのが、ギリギリ…
会場に着き、こどもたちを託児所に預けて、バタバタ準備しながら、恒例のスタート前の記念撮影。
小雨が降る中、RUNBAKAが大変お世話になっている新潟市のランニングチーム「Team M」の方々でテントを用意してくださり、大変助かりました。ありがとうございました。
RUNBAKAナイトランに参加してくれている南魚沼のみなさんも多数参加していました。
ちょっとココで参加した新潟シティマラソン大会PRを…
新潟シティマラソン2015の特徴
- フルが8時スタート(ハーフ・10kmは8時30分)に!
- ゲストランナーには、シドニー五輪女子マラソン金メダリストのQちゃんこと”ランナーの女神”高橋 尚子さん。
- ゴール後は大会名物 新潟の新米コシヒカリジャンボおにぎり又はサトウ食品パックごはん
- 来場者へのサトウ食品振る舞い餅
- パパ・ママランナーの味方、託児所を設置
- 初心者でも走りやすく、中上級者の自己新記録多数!
新潟の名所をめぐる、平坦な日本陸連公認(大会)
新潟市の中心市街地「柾谷小路」や国の重要文化財「萬代橋」を通り、日本一の大河「信濃川」や日本海夕日ラインといった新潟ならではの豊かな景色を望みながら走るコースです。。
※新潟シティーマラソン公式ホームページより
http://runfes-niigata.com
新潟シティマラソン2015/フルマラソン8時、ハーフ・10km8時30分スタート!
それでは、42km旅に行ってきます(`・ω・´)ゞ
スタートからRUNBAKAファウンダー・小川 哲也をはじめ、RUNBAKAナイトラン仲間と、ゆるゆるスタート。
萬代橋であと残り40km(笑)
スタートから2km地点、新潟市の中心地を結ぶ国の重要文化財になっている「萬代橋」に差し掛かると、早速、RUNBAKAの応援団長・RUN遊紫人ことパープル笠原 智彦を発見!おいしいところにいるよねー。ニュースにも出てたし、レース経験者ならではの応援スタイル。
なにっ!?あと40!?
(しかもテレビにも映ってました笑)
さすがにみんな失笑しながら、スタートからのいい緊張感を参加者のみなさんはほぐせたのでないでしょうか。
ご覧のとおり。
うんうんイケるイケる、あと40km。(笑)
スタートから降り続いた雨は1時間後にはあがり、適度な湿度もあり、ランナーにとっては、絶好のコンディションになりました。
新潟シティマラソンのコースはランニング仲間にも聞いてましたが、まあとにかく海沿いを走るということ。
コースマップを見てのとおり、12kmすぎから最後までずーーーーっと海を見渡しながら、走るのです。
過去に新潟シティマラソンに出場したことからあるランナーたちから、「ずーーーっと海で景色が変わらず、辛い」と事前に聞いていましたが、普段、内陸に住んでいて、海沿いをほとんど走ったことがない自分からしたら、かなり楽しむ余裕もあって、日本海の潮風を思う存分感じながら、楽しく走ることができてました。
20kmまではね…
フルマラソンの魔に手が… −経験したことのないハプニング−
20km地点手前から、かなり余裕もあったので、30kmまではガマンしようと、あえてみんなとの並走はやめて後方に下がり、みんなの背中を見ながら、余裕を持って走る作戦に切り替えました。
それがねぇ…
突如、経験したことのない左膝の違和感…
むむっ…
後方待機作戦も自分のキモチの中で、左足のSOSをどこかで感じていたのかもしれません、無意識にカラダが…
走り始めて1年ちょっとですが、ランナーに1番多い膝の痛みやケガは、ハーフマラソンやトレランレースに出場していますが、実はこれまで経験したことがありませんでした。
折り返し地点、25km地点と、ついにはまともに走ることはできなくなり、左膝を曲げることがほとんどできなくなりました。
このピンチに思い出したのが、RUNBAKAクルー・神保接骨院・神保 貴雄主催のランニングクリニックのお話し
ヤバい…
ヤバい…
ヤバイよ、ヤバイよぉー(出川仕立て)
ホントに焦りました、とにかく。
だって、いきなり走れなくなったんですもん。
しかも、まだ20km以上、あるし。
新潟シティマラソンのフルマラソンは制限時間が5時間と、歩いてもゴールできるという生半可な大会ではありません。
その時にふと頭をよぎったことが、RUNBAKAクルーのランニングアドバイザーこと神保接骨院・神保 貴雄が定期的に南魚沼市を中心に開催している「ランニングクリニック(ランクリ)」に参加した際に学んだこと。
「辛くなったら、腕で走る」
とにかく足がいうことを効かなくなったので、とにかく振って、腕で走りました。
まわりから見たら、左足は曲がらずに腕だけ一生懸命振っていたので、競歩の選手みたいな感じになっていたと思いますが、とにかく歩くことだけはゴールゲートをくぐるまでするものかと、ここから覚悟を決めて走りました。
30km以降のスプリットはなんと7〜8分/kmという走っていたとは言うことのできないようなタイムでした。
35km地点にはアイツらが待っている!
ランクリで学んだことの他に、35km地点に、2km地点で「あと40!」の声援をしていたRUNBAKAの応援団長・RUN遊紫人ことパープル笠原 智彦を中心にした応援が待っていることを、スタート前に本人たちから聞かされていました。
そりゃ、そこまでは行くでしょうよ。
走りながらというか、競歩?しながら…
「35kmまであと5km… 35kmまであと3km… 35kmまであと1kmだー!」
と、みんなの顔が早く見たいと必死だったことを今でも覚えています。
みんないい顔してますね。この時点であと残り約7kmです。
RUNBAKAファウンダー・小川 哲也も、師弟コンビである後輩の浦佐の佐藤接骨院・佐藤 大輔くんと一緒に通過していきました。
そして…
まあ、悲しいかなこの悶絶している表情…
カメラの前では苦しい顔をしない主義なんですけどね…
35km/42.195km −残り7kmは経験したことのない痛みとの格闘−
そして、ここから残り7kmはほとんど走れてはいなかったので、体力はけっこう残っていて、頭の中も余裕があり、いろんなことを考えながら、走りました。
「フルマラソンには魔物が住んでいるってホントだったんだなぁ…」
「調子がかなり良かったのに、人生となんか一緒でそんなに上手くはいかないなぁ…」
「もう少しでゴールだ。なんかさみしいなぁ…もう少し走りたいなぁ…」
とかいろいろ。
そして、30km以降は疲労困憊のランナーのために、救護所が数キロ置きに設置されているのが、全て寄り、24時間テレビのランナーばりに救護所の方々にコールドスプレーがガンガン左膝にかけてもらって、感覚をマヒさせ、だましだましゴールまで進みました。
さらに沿道で応援をしてくだっている方々の中にも、コールドスプレーを手に持っていた方がいたので、ゴールまでの残りは、沿道の人たちの手元をずっと見ながら、
「すいませーん、かけてくださーいっ!!」
とお願いして、4,5人の方々におもいっきりぶっかけてもらいました。
そして、RUNBAKAを通じてできた新潟県のランニング仲間の方々がボランティアとして、私設エイドを用意してくれていて、すごくうれしかった。
ホントに今でも感謝しています。ありがとうございました。
新潟シティマラソン42.195kmフルマラソン FINISH
最後の3kmくらいはホントに足が痛すぎて、悶絶してました。
そんな時に、RUNBAKAを可愛がっていただいている新潟市のランニングチーム「Team M」の先輩ランナーの方が自分を見かねて、声をかけてくれ、痛み止めをいただきました。コレが最後に効きました、ホントに。
ホントにありがたかった。
コレ飲まなかったら、みんなが待っていた新潟市陸上競技場のトラックではあんなに笑って元気よく走れなかったよね。スタジアムに入る直前に奇跡的に効いてきたからね。
痛々しくて、見てられないゴールになってましたよ(笑)
いつものレースのライバルたちとの競争というよりは、自分自身との闘い、痛みとの格闘という初挑戦のフルマラソンでした。
フルマラソンゴール後、あの名言が脳裏をよぎる…
もちろん、いつものように走れなかった悔しさはありましたが、ゴール後はフルマラソンを完走したことの安心感や、1996年アトランタ五輪の女子マラソンで3位になった有森 裕子氏や、2001年大相撲5月場所で貴乃花氏に送った当時の小泉純一郎首相の言葉を、自然と自分自身にかけていました。
「初めて自分で自分をほめたいと思います」
「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!!おめでとう!」
最後は新潟シティマラソン2015ゴール後のインタビューでプレイバック!
新潟シティマラソン実行委員会、関係者のみなさま。
沿道で一生懸命応援してくださったみなさま。
ランニングを通じて、交流させていただいている新潟県のランニングチームのみなさま。
新潟シティマラソンに参加されたランナーのみなさま。
そして、いい子に待っていてくれたこどもたち☆
ホントにおつかれさまでした。感謝します。また来年会いましょう!